平成八年十月一日
株式会社 魚のぶ

凡そ自立した人々の集団である社会生活をスムーズにするために、私たちは『◯◯をしてはいけない』『◯◯までに◯◯をしよう』等、色々なルールを取り決めています。例えば交通に関してですと、道路交通法とか交通マナーなどがそれに当たりますが、「赤信号は止まる」とか「お酒を飲んだら乗らない」とか、「この道は狭いから30キロ、この道は高速に適しているから100キロまで」というような当たり前のような決まりを、法律という形で取り決めています。  我々が日常無意識に摂取する飲食物に関するルールとして定められている法律が、これからお話しする『食品衛生法』です。この法律は『飲食に起因する衛生上の危害に発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与すること』を目的としております。専門的に言いますと、かなり細かい話になってしまいますので、今回は簡単にお話しをさせて頂きます。

発展途上国などで、上下水道の不備や食品流通管理の不備による伝染病の蔓延などのニュースをよく耳にしますが、過去において我が国でも同じ様な状況があったのです。そういった経験の中で、上下水道の整備はもとより食品流通管理の向上がなされてきたわけです。例えば安心して何の疑いも無く購入した食材で家庭の食事を調理したり、気軽に外食を楽しむ事が出来るのもこの食品衛生法のお陰です。

最近流行の安売りの寿司屋などでは、国産の赤貝に非常によく似た韓国産の貝が使われておりますが、赤色の添加物を用いて国産の赤貝と同じ色の着色をしております。これを赤貝と称して販売をしているのです。品名の偽りならまだしも(これも立派な違反ですが)同じ様な発色剤や着色剤を使用しマグロ(CO マグロ)の刺身や精肉などを色よくし、鮮度をごまかす手口も横行しております。こういった不正を摘発するために食品Gメンが日夜、街に出て活躍しております。このお陰で我々も安心して豊な食生活を楽しむ事が出来る訳ですが、現状はいたちごっこで韓国など原産国で染色の方法が非常に巧妙になり、天然の赤貝と同じ色素成分の着色剤を使用するなど、日本での検査による摘発が難しくなってきております。
また、流通管理に於いては事件がある都度、管理行政の不備や縦割行政の弊害が指摘されますが、今回のO-157による事故も専門家の間では、単に調理作業現場での管理の問題だけではなく、食品流通 管理行政の根本的な見直しの必要性すら話し合われております。

一般に食中毒とは、「食品に食中毒を起こす細菌が付着し増殖しているか、食品に毒物が混入または存在しているか、そのいずれかの状態にある食品を人が摂取する事によって、その健康が損なわれること」と云うことが出来ます。尚、赤痢、腸チフス、コレラのような、経口伝染病や寄生虫病は、食品の摂取からも起こりますが、これらはそれぞれ独立した病気として取り扱い、食中毒からは一応除外さてれおります。

今回のO-157は指定伝染病というカテゴリーに分類されましたが、O-157自体は間違いなく病原性大腸菌であり、細菌性の食中毒の原因菌である事には変わりありません。しかしながら他の細菌性の食中毒の原因菌と、発症のメカニズムが極端に違い、(特徴の一つとして、発症までに時間がかかる)伝染性の高い病原菌と位置づけられました。O-157の問題に細かく触れますと本が一冊書き上がってしまいますので、あとで簡単に触れさせて頂きます。

 食中毒の話ですが、大きく分けますと、化学性食中毒・自然毒食中毒・細菌性食中毒の三つに分類されます。一般にわが国で最も多発するのは、細菌性食中毒でありますが、それぞれについて簡単に触れさせて頂きます。

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 まず化学性食中毒ですが、記憶に新しい所では水俣病であります。これはチッソという会社が工場の廃液に高濃度の重金属(水銀)を混入させ、海水へ放流しておりました。その沿岸で漁業を営んでいた人たちの日常の食事である魚介類がその水銀に汚染され、その汚染された魚を食べ続けた本人の体に、中毒症状による異常が発症しました。さらには胎児や母親の母乳を摂取していた乳児にも二次汚染による中毒を引き起こしました。

 また昭和30年には、ひ素が混入した粉ミルクを飲んだ生後4~12カ月の乳児が発熱・皮膚の黒染・下痢・発育不良・肝臓肥大などを主徴として入院しましたが、その殆どが死亡し、存命した者もその後全く健全な社会生活を送るには至っておりません。

 その他には、昭和40年7月、鳥取県の小中学校に於いて、学校給食用として提供した缶詰ジュースにより学童生徒828名が5分間~2時間の間に次々と嘔吐・腹痛・下痢・悪寒などの食中毒症状を呈しました。原因は缶に使用されたブリキ板より、多量のスズがジュースに溶出していた事による、スズによる中毒でありました。

 同じ化学性毒による食中毒の中でも、アレルギー様食中毒というものがあり、代表的な事例では昭和28年10月、浜松市内の工場で工員400名が昼食にさんまのみりん干を摂取し、食後30分~3時間半で90名の食中毒患者を出しました。症状は全身的びまん性発赤・灼熱感・口及び粘膜充血・顔面紅潮・動悸・頭痛などを訴え、下痢、嘔吐などを起こした者は少数で死亡者はありませんでした。本件の病因物質はヒスタミンであり、この手の食中毒は現在でも例年2~3件発生しています。

 本中毒の原因食品は殆どが赤身の魚ですが、これから検出されるヒスタミンの量が、中毒を起こさせるに足る量よりも少量で発症する事から、研究が進められ、現在ではアルカイン・アグマチン・メチルグアニジンなどがヒスタミンと共存し、相乗的に働いている事が明らかになりました。困ったことですが、食事を提供した側にはなんら責任は問えません。

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 次に、自然毒による食中毒の話をします。大きく分けて動物性自然毒と、植物性自然毒に分かれます。

 動物性自然毒はその殆どが魚介類にみられ、フグ・毒カマスのように常時有害物質を有するものと、その水域・年次・季節などによって多少異なりますが、体内に有毒有害物質を生成或いは、蓄積する場合があるものとして、アサリ・牡蛎・あか皿貝などの貝類があります。

 我が国の動物性自然毒による食中毒事件は、その殆どがフグによるものですが、患者の約半数が死亡しております。 フグはその体内、特に卵巣・肝臓(キモ)などにテトロドトキシンを有しそれの人に対する致死量は非常に微量であります。昭和58年12月に初めてキモの提供は禁止され、「処理等により人の健康を損なう恐れが無いと認められるフグの種類及び部位」というタイトルの通達が告示されました。

 植物性自然毒による食中毒の殆どは、毒キノコによって起こります。キノコ以外の植物では朝鮮アサガオ(スコポラミン・アトロピン)、トリカブト(アコニチン)、青梅(青酸)、じゃがいも(ソラニン)などが原因となっております。例年、キノコや野草の誤食による中毒事故は後を絶ちません。是非、専門家による指導のもとに、キノコ狩りや野草摘みを楽しみましょう。

 この他に、自然界には寄生虫による事故もあります。これは、寄生虫の卵が、ゴキブリ・ハエなどにより食物に運ばれ、その食物を摂取した人の体内でふ化し、発病など障害を起こさせるものがあります。その他、川魚や沢ガニを食する事により、それらの中に寄生する寄生虫が人体に害を与えます。魚介類から感染する寄生虫の代表例では、顎口虫(どじょう)・アニキサス(サバ、タラ、イカ)・横川吸虫(アユ、ウグイ、ボラ)予防法としては、生食は避け十分に加熱調理して食する事が大事です。

 食肉から感染する寄生虫の代表例では、トキソプラズマ症があります。トキソプラズマは、本来ネコの糞便にシストとして排出され、これが成熟しオーシストとなり、これを摂取した人をはじめ、他の動物に感染します。予防法としては、生肉は食さない事と、ペットを可愛がるあまり、口移しなどで餌を与えない事です。

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 次に、細菌性の食中毒について話をします。我が国の食中毒の大半は、細菌性の食中毒によるものであります。この食中毒の発生状況は、11月~3月の寒い季節には発生は少なく、暖かくなるにつれ徐々に多くなり、7月~9月にかけての夏場が食中毒の最盛期になります。

 一般に食中毒の病原菌は、自然界や動物の体内に存在し、このような場所で増殖出来るものですが、ヒトの体内では、活発には増殖出来ません。従って、菌が少なければ発病することはありません。例えばサルモネラの場合、ヒトが発病するには食品中の細菌が通常1000万個ぐらい必要であると云われています。

 一方、伝染病菌の多くは、ヒトの体内で非常によく増殖する事が出来るので、少量の菌が体内に入っても発病することになります。従って、通常伝染病菌は、ヒトからヒトへ伝染するものであり、食中毒菌は菌が食品中で増殖してから、その食品がヒトに摂取されたときに、はじめてヒトに病気を起こさせることになります。ところが最近話題のO-157は、通常細菌が1000万個単位で発症するのに対し、わずか100個でベロ毒素を発生し食中毒を起します。これがこの菌の怖さです。

 細菌性食中毒の発病の仕方には、大別すると感染型と毒素型の二つの型があります。感染型とは、食品中で菌がある程度増殖したものを体内に取り入れた場合、腸管内に作用して病気を起こさせるもので、このタイプに属する食中毒菌としては、サルモネラ、腸炎ビブリオ、病原性大腸菌等があります。

 毒素型とは、食品中で菌が増殖して毒素を産生し、それをヒトが食べた場合に、ただちに発病するものです。この場合は、毒素そのものを食べることになるので、発病までの時間が短いのが特徴です。このタイプに属する食中毒菌としては、ブドウ球菌、ボツリヌス菌などがあります。

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細菌性食中毒の概要を述べて参りましたが、各菌の特徴と過去の事例をご紹介しましょう。

 

 サルモネラ食中毒

 サルモネラに汚染された食品は、胃の酸で殺菌作用を受けるので、もし食品中の細菌数が少なければ、大部分の細菌は死滅してしまって中毒は起しません。しかし菌数が多いときには、生き残った菌は小腸に送り込まれここで増殖して胃腸炎を起します。

 潜伏期間:条件にもよりますが、通常6~12時間、長いときには24時間を要する時もあります。

 症状:菌の種類、増殖の程度、ヒトの抵抗力の差によって程度の差がありますが、発熱・頭痛・腹痛・下痢などが主な症状で、時には嘔吐を伴うこともあります。熱は高熱になり、重症の場合は40℃に達することもあります。

 汚染経路:サルモネラは本来動物の体内に存在する菌ですから、汚染経路は人間の周囲にいるペットやネズミが食品を汚染する場合や、食肉や卵のような動物性食品が動物のもっているサルモネラに汚染されるような経路があります。

 アメリカでは子供がペットとして飼っていたカメに触った手で食品が汚染され、食中毒を起した例が報告されています。このような例を見ると、食品取り扱い施設内に決して動物を入れてはならないという理由がよくわかります。公園の砂場が、野良猫・野良犬やマナーの悪い飼い主のペットなどの糞便により汚染され、そこで遊んだ子供達がサルモネラによる食中毒症状を引き起したという報告が多く寄せられております。

 殺菌:サルモネラは通常80℃以上で30分以上の加熱で死滅します。

 

 腸炎ビブリオ食中毒

 腸炎ビブリオは我が国で発見された食中毒菌です。例年、最も多く発生しているのがこの腸炎ビブリオ食中毒です。この腸炎ビブリオ菌は海水の中に常在し、海水温が20℃を超えると現われ活発に活動し、冬場海水温が下がると見当たらなくなります。

 従って、夏場の魚介類の表面には必ず100%付着しております。この菌が付着したままの食品を摂取すると5時間~20時間の間で腹痛・下痢・嘔吐を主とする胃腸炎であり、上腹部の激痛で始まるのが特徴です。嘔吐の回数は多く、下痢は必ず起り、水溶性で時には血液を混じ、赤痢を疑わせる事があります。これらの症状に遅れて発熱が起りますが、熱はあまり高くなく、38℃前後で推移します。頭痛・悪寒・脱力感を伴うこともあります。通常2~3日で回復しますが、菌を多量に摂取した場合や、高齢者や幼児などに死亡が起る事があります。

 腸炎ビブリオ食中毒は調理場や台所に持ち込まれた魚介類に付着していた菌が周囲のまな板・包丁・ふきん・容器などを汚染し、これらが野菜や、その他の加熱調理をしないで食する食品に付着し、二次汚染による食中毒を引き起します。

 この食中毒の最も効果的な予防は、持ち込まれた魚介類を水道水でよく洗う事です。この菌は、海水(弱塩水)の中では非常に良く活動しますが、真水の中では死滅します。特に魚は、口の中・目玉・エラの内側を良く洗う事です。そして魚介類の下処理に使ったまな板、包丁は良く洗い、熱湯で消毒をします。そして、決して他の調理には使わないことです。魚を捌いたまな板、包丁で他の食品を調理しない事です。

 家庭では大変な事ですが、肉、魚を調理するまな板、包丁とその他の食品を調理するまな板、包丁とは区別する事が必要です。

 

 病原大腸菌食中毒

 従来、大腸菌はたとえ食品に付着してもヒトに病気を起すことはなく、単に食品の汚染の指標としてのみ考えられてきました。しかし、1945年にある種の大腸菌はヒトに腸炎を起す事を報告して以来、病原性の大腸菌が存在することが明らかとなりました。以来、数種の大腸菌が報告されています。

 この病原大腸菌は、ヒトの腸内には常在しません。この菌は動物の腸内に存在するもので、食品が動物の糞便で汚染され、菌が増殖するとそれを摂取したヒトに病気を起させます。年齢の低い者ほど症状は重く、成人であっても濃厚に汚染された食品を摂取すれば危険な状態となります。

 O-157はこの病原大腸菌の一種ですが、その脅威は劇的に高く現在ではその汚染経路が確定されておりません。数多くのO-157による食中毒事件が報告されておりますが、全ての事件に於いて、その汚染経路と原因物の特定は出来ておりませんが、O-157自体は自然界や人間の体内には存在せず、動物の腸内に存在するわけですから、動物の糞便に汚染された食品の摂取、もしくは食肉解体処理の際に何らかの形で、その腸内にいたO-157が他の食肉に付着し、その事により汚染された食肉、もしくは内臓(ホルモン・もつ)が市場に流通しそれが、飲食店で使用されたり、家庭で利用され食中毒事故に至ると推測されます。

 さきに述べましたように、非常にわずかな菌株で発病に至るO-157は潜伏期間も長く、2~5日もかかりO-157を摂取したヒトが、他のヒトや接した物に更にO-157を撒き散らすことになるわけです。更に、健康保菌者も存在するようであり、専門家の間では行政による徹底した実態調査とその対策の必要性が述べられておりますが、いまだはっきりとした対応策は講じられておりません。

 

 ブドウ球菌食中毒

 この菌は顕微鏡でみると、ちょうどブドウの房の様な形をしているので、この名称がつけられました。この食中毒は毒素型で我が国では、にぎり飯、折り詰め弁当や、あん類などでこの食中毒を起すことが多くあります。ブドウ球菌は自然界に広く分布しヒトや動物の皮膚、鼻腔、咽喉部、腸内更に、塵芥、室内等に存在し病原性のものと、非病原性のものがあります。

 病原性ブドウ球菌は、次のような場所に存在します。ヒトの化膿巣、ヒトの鼻咽腔、乳牛の乳房炎です。

 この菌によって起る食中毒は、ブドウ球菌が何らかの形で食品に付着し時間が経過し、細胞分裂により菌数が増えコロニー状態を形成した際に、生成されるエンテロトキシンという毒素が体内に入り引き起されます。潜伏期間はきわめて短く1~6時間の間に発症します。

 その症状は急性胃腸炎を主とし、発病は急激にはじまり、唾液の分泌が増加し、ついで吐き気、嘔吐、腹痛、下痢を起します。軽症の場合は吐き気、嘔吐のみで済むこともありますが、下痢は水溶性であり、血液や粘液を混ずる事もあります。重症の場合は数十回の下痢、嘔吐で脱水症状を起す事もあり、血圧の低下、意識混濁などの症状になる場合もありますが、通常、1~3日で治癒します。時に重症の場合は一週間以上かかる事もあります。

 このエンテロトキシンという毒素に対する感受性は個人差が極めて大きく同じ原因食を食べていながら、症状にかなり差が出ます。

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 以上、我が国で事例の多い食中毒を説明して参りましたが、この食中毒の大半は細菌性の食中毒です。この予防には次の三原則を守るよう心がけることが大切です。

1.食品に食中毒菌をつけない事。

2.食品中の細菌を増殖させない事。

3.食品中の細菌を殺してしまう事。

 1が完全に出来れば、2と3の原則はいらないわけですが、完全に行うことは、なかなか困難です。無菌の食品はあり得ませんが、必ずしも病原菌に汚染されているとは限りません。汚染されているという可能性を考えて、2と3の原則を実施すべきです。言い替えれば、

 1は、適切な洗浄。

 2は、適切な温度管理による保存。

 3は、必要充分な加熱調理。

 以上の三原則を更に簡単に言い替えれば、「清潔・迅速・冷却または加熱」となります。要約すると、食品衛生とは「温度と時間の科学的な管理技術である」と言い切れます。是非家庭でも、職場でも、手洗いや、容器・食器の正しい洗浄・乾燥を実施したいものです。正しい知識を身につけて、明るい、豊かな生活をエンジョイ致しましょう。